なるたけ遠くに逃避計画

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名盤レビュー:3776『歳時記』

Rate Your Musicの新機能・Recommendationsを使って「3776(みななろ)」という謎のアイドルグループを見つけました。Recommendされた作品は『歳時記』で、どうやらレビュー数3000超・評価3.6と高め。気になる。

3776『歳時記』

3776『歳時記』

調べてみると3776は富士山のご当地アイドルグループだそう。公式サイトをみてみたらメンバーは…一人!?どういうことだ…。Wikipediaを眺めると、もともとは複数人のグループだったらしい。現在は唯一のメンバー・井出ちよのとプロデューサー・石田彰によるプロジェクトとして捉えたほうが良さそうです。

それで肝心な作品なんですが、サブスクには無いので非公式ではありますがYouTubeにあがってるものを聴きました。

面白すぎる!!!

なんだこれは。。。アイドル?異様すぎる。まずはトラックリストをチェック。『睦月一拍子へ調』『如月二拍子嬰へ調』と規則的な曲名が整然と並んでいますね。この時点で既に異様さが溢れ出ています。「365日/12月」をテーマにしたコンセプトアルバム?聴き始めるとその予想は確信に変わっていきました。最初に耳に飛び込むのは手拍子の音。「一月一日」という言葉。もう「あーあ、これはとんでもないぞ!!」と思った。祭り笛。十二時辰をカウントする声。808ベース。そして民謡。ノックアウトされる未来が見えた。

今作『歳時記』は、日本の伝統的な民謡と共に四季を巡る壮大なコンセプトアルバムでした。エレクトロを土台にギターやピアノ、風情を感じるサンプルなどを重ね、質素でありながら繊細な音風景を描いています。編曲はガチガチのガチで、シティポップ+民謡といった日本らしい音選びに留まらず、ポリフォニック/ポリメトリックなフレージングも多くとても刺激的。また「曲名の月に対応して拍子と調が変化していく」というギミックを自然に聴かせてくるあたりも技巧的。民謡を変拍子に入れ込んだり、変調してポップなメロディに違和感なく混ぜたり、もちろん繋ぎ目もスムーズです。

そんな変化する曲調の中でも日付と十二時辰はカウントされ続け、まさに無情に流れていく時間を感じさせます。12か月12曲、一曲進む度半音転調していくというギミックについてですが、これに似た構成を持つコンセプトアルバムは「オクターブ」をテーマとしたDream Theater『Octavarium』くらいしか思いつきません。クラシック音楽にはありそうな気がしますが…。

そう、クラシックといったら…『歳時記』でもクラシックからの引用が見られます。バッハ『G線上』のベースラインが一瞬登場したり、ベートーヴェン『月光』からドビュッシー『月の光』に移行するパートも。特に『第九』が最初と最後にスタート/ゴールとして提示されているのは痺れました。

なんやかんや書きましたが、一つ忘れてはいけないのは「あくまでもこれがアイドルの作品だ」ということです。ボーカルを務める井出ちよのの純朴な声質は作品全体に丁度良い「ゆるさ」を与えていて、細部まで凝られたコンポジションに対する一種の緩衝材になっています。素で吹き出してしまっているテイクもそのまま使っているあたり意図を感じますね。このようなプロダクションの方向性がアヴァンギャルドとポップネスの両立を実現しているように思います。

ネットにある公式音源は全体のほんの一部しかないので、CDを買うべきということでしょう。買いです。とにかく完成度が高すぎる名盤です。

謎PVもぜひ。