おととい、一冊の本(200pほど)を読んだ。数時間。昨日、記憶に残りやすいという青ペンで、その本の大雑把な概論をノート見開き1ページ分くらいに書き殴ってまとめた。2時間くらい。そして今日は、本とノートの両方を見ながら、再三咀嚼した内容をキーボードでカタカタし、Cosenseにまとめている。私は普通に頭が悪いっぽいので、これくらいしないと理解できないし定着もしないのだ。まだ全部終わってないからこのフローにどれくらい効果があるのかは分からないけれど。
まとめ作業中に、なにかアンビエントを聴くことにした。脳内検索で広大なディスコグラフィを持つWilliam Basinskiがヒット。じゃあ端っこの一番古い作品『Watermusic』から…。いや、半年前に聴いてよくわからなかった『The Disintegration Loops』の方が気になっているから、こっちを先にしよう。
ゆったりとしたテンポで数秒周期の仄明るいフレーズを繰り返す管楽器たち(ホルンのような音が目立つ)。シンセもそれらに溶け込んでいるようだ。残響を伴うその音像は奥にくぐもっていて柔らかく、断続的にプツプツとアナログノイズが走ったりする。この音の発生源はきっと、古いテープやレコードの類だ。輪郭がぼけて丸みを帯びているのは劣化しているからだろう。激しい加工は施されていない。唯一かけられたリバーヴは、作品全体の性質をアンビエントに強く方向づけている。
些細な変化はあれど、停滞しているように思う。
しばらく音に浸りながら作業を進めていると、いつの間にか明滅の滅の割合が増えていることに気づく。弾けるノイズだけでなく、寄せては返す低音のドローンも目立ち始める。陰りは遅くとも確実に増していく。後半1/3ほどになると、原音の輪郭が判別できないレベルまで崩れており、もはやノイズが主役だった。ハーモニーという面影をうっすら残しつつ、旋律の先端だけを、プツ、プツ、と鳴らす。あるのは点と波線だけ。変わらないリバーヴの反響がどこか空しい。やがて、静かにホワイトノイズがやってきた。トンネルの出口を指し示すかのようなその音に、終わりを悟る。もう少しで死ぬ。死ぬよ~。しかし、死の瞬間は描かれない。完全なノイズに至るのを待たずして、その風景はフェードアウトしていった。
私はいつの間にか作業をやめ、頬杖をついていた。なるほど。これは凄い作品なのかもしれない。この作品の制作過程について軽く調べてみたところ、音の発生源はテープであり、時間が経つにつれて増えていくアナログノイズは劣化の産物だという。想像していた通りだった。さて、私は1時間近く何を聴いていたのか。テープが劣化していく様子。すなわち、音響再生産技術が死にゆく様だ。
19世紀以降、技術の発達により、本来は一瞬しか生きられないはずの「音」を捕まえられるようになった。しかし、録音された音はいつか必ず死に至る。媒体を問わず。レコード、CD、mp3。これらの音は物体に刻まれることで存在している。サブスクで電波を受信できる今でもなお、再生する物体が無ければそのデータは何の意味もない。音楽は永遠の生を約束されているように見えるが、実際には絶え間ない増殖のうえで延命され続けているだけに過ぎない。
「40年代の録音はノイズまみれで古臭い」「Mrs. GREEN APPLEは生き生きしている」とか、そういう「常識」を発端とする観念的な次元の話ではない。『The Disintegration Loops』が明らかにするのは、今や忘れ去られた音楽の一側面だ。テープという媒体が発さざるを得ないノイズ(「テクノロジーに内在するノイズ」という意味でのテクノイズ)は物質性を強調し、それが時間をかけて増大していく過程は死を示唆する。いわば音世界における唯物論的な「メメント・モリ」の問いかけというところか。
そもそも本作は、極上のアンビエントである。反復という最も単純で最も究極的なミニマリズムと、音響のフェティッシュ。要素は揃っている。飾り気の少ない音韻への注意が短い周期のループによってさらに薄まって、意識は音響空間のほうに誘われ、溶けうる。Brian Enoが提唱する原義のアンビエントよろしく、意識を遠ざけることができる。さらに、穏やかな死の流れに耳を傾けることもできる。心地よさのなかで、数多の反復(Loops)を通して崩壊(Disintegration)する音を聴く。儚い。
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音響再生産技術、死の印象。同じような感想を持った人はいないかと調べてみた結果、伏見瞬氏の記事が見つかった。読んでみると、私のちっぽけなそれとは比べ物にならない、壮大な思索が繰り広げられている。とてつもなく参考になった。本作が9.11と関連してたのはこの記事を読んでやっと知った。そこからアンビエントの系譜に「アウラの消滅」だけでなく「カタストロフィー」の共通項を見出すのが面白い。それにユーモアもあってすごい。
あーあ、こうして色々考えていたら夜になってしまった。本のまとめ作業はまだあと半分ほど残っているけど、それはまた明日以降に。
- 『The Disintegration Loops』は全部で4枚あるらしく、私が今日聴いたのは全体の1/4に過ぎなかった模様。え~~~。また作業のときに聴きます。
- やっぱり『複製技術時代の芸術』は早いうちに読みたいな。
- 『Watermusic』も聴いた。かなり静的な純アンビエントで良かった。なんにもない水だけの海に10mくらい潜って水面を見上げたときの画角・視野をヴァーチュアルに表現したような音楽だった。なんでも視覚と関連付けるのは良くないけど、Waterって言ったうえでのこの高低音の扱い方はそういうことじゃない?