昨日。2024年6月28日。彩の国さいたま芸術劇場で加藤訓子プロデュースの「スティーヴ・ライヒ・プロジェクト」を観に行ってきた。ブログでこのことは一度も言っていない。というのもこの公演の存在を知ったのはつい一昨日のこと。久石譲がライヒの《砂漠の音楽》を日本初演するといったニュースを読んだ流れで、激ウマな情報が目に飛び込んできた。
順に、
加藤訓子さんって《Drumming》のアルバム出してたあの方!?
え、《Drumming》演奏するの!?
幸運なことにかなり近場!
U25割引で3,000円!
日程を見ると明日!
これは行くしかない!
即チケット購入!
という。
はい。それではライブレポに移ろう。コンサートを「ライブ」と呼ぶのは若干違和感があるが、本ブログでは便宜上一括りにしようと思う。
- 16:50 - 彩の国さいたま芸術劇場
- 17:30 -『kuniko plays reich II』
- 18:45 -《Music for Pieces of Wood》
- 19:00 -《Drumming》
- まとめ
16:50 - 彩の国さいたま芸術劇場
ということで、雨に降られながら、会場に到着。
ISO感度が高すぎたため、写真の撮影に失敗。それでもアップロードする。インターネットに上がっている写真は平均的に綺麗すぎるから、私が先陣を切ってハードルを下げよう。クオリティの低いものでバランスを取らなければいけない。
閑話休題。写真右側に見えるほっそい道を心を弾ませながら歩いて行くと、左手に入り口らしき場所が見えてきた。正面にスーツを着た支配人らしきおじさんが「音楽ホールはこちらになります~」と出迎えてくださった。か、格式高い…。ふと入り口の方に視線を向けると、綺麗なおね~さんがいる。コンサートホールってこんな感じなんだ…。物心ついて以来、自分の意思でコンサートホールに行くという経験は今回が初めてになる。割と戸惑いつつ電子チケットのQRコードをスキャンしてもらい、覚束ない足取りでロビーに入場。パンフレットをもらった。
プログラムまで「ミニマル」なデザイン
周りを見渡すと、老夫婦が数組。クラシック系ってやっぱりこんな感じか~と驚きも無かった。その後、自分と同年代の男三人組グループが文化祭みたいなノリで通り過ぎて行ったのを見かけて少し安心した。
計算していたわけではないが、丁度いいタイミングに着いていたらしい。確認すると間もなく17時、開演時間だ。予めホールのドアの方を向いておく。
うおお、きたああ~~!!初めは「撮影は禁止です」とアナウンスされていたものの、途中からなぜか「開演前は撮影可能です」ということになったので、お言葉に甘えてパシャリ。Jの6番というできるだけ前で中心に近い席を選んだが、特に問題なさそうで良かった。ステージにはマリンバが2台、ヴィブラフォンが1台、グロッケンシュピールが3台見えた。細長い棒みたいなのは何だろう?
プログラムは、前半が加藤訓子ソロ(アルバム『kuniko plays reich II』)、後半が13人の奏者(なお加藤氏は含まれない)による《Drumming》という流れ。まずはマリンバとヴィブラフォンだけを使うんだろうな。
配布されたプログラム冊子
もらったパンフレットを読んだりスマホを触ったりして暇つぶしをしている間に、どんどん人が集まってきた。再三周りを見渡すと、やはり年齢層が高い。中高年というか高齢者が多くを占めていた。若い人はというと、「英才教育の一環」みたいな感じで親に連れてこられたであろう小中学生を数人ほど発見。それくらい。
開演まで30分ほど、ゆったり待つ。すると突然、後方から規則正しい手拍子が聴こえてきた。パパパン、パパン、パン、パパン。ってこれ《Clapping Music》じゃねーか!「ロビーでミニライブを開催しています~」とアナウンス。プログラムにこの曲目の記載は無く、完全にサプライズだった。なんだなんだと皆客席を立ち上がり、入口前にぞろぞろと人混みが出来た。この曲は2パートの手拍子からなり、最初は両方とも同じリズムでありながら、一方が固定された他方のパートに対してそのリズムの位相をずらしていき、最終的には一周してユニゾンに戻る…というライヒお得意の技法「フェイジング(Phasing)」をシンプルに実践した代物。
幕前のパフォーマンスにピッタリだ。
奏者は6人、年齢は私と同じくらい?でかなり若かった。3:3で2パートに分かれ、自然体で、笑顔を浮かべながら楽しそうに手を叩いていた。しかし、私含む観客はノリノリという訳にはいかない…というか自分自身がこの種の素養を持ち合わせていないため一体何が「正解」なのか分からず、一応周りに溶け込んでじっと静かにはしておきながら、神妙な気持ちで聴いていた。頭の中でフェイジングをして楽しんだ。やがて演奏が終わり、拍手をした。
《Clapping Music》のゲリラミニライブ
17:30 -『kuniko plays reich II』
開演のブザーは10分前に鳴った。特にアナウンスも無く、ただおもむろに照明が落ちていく。会場に緊張感が漂う。
ステージ側の壁、二階席の高さ辺りにキャップをかぶった外国人の顔が映った。一瞬誰だか分からなかったが、紛れもないSteve Reich本人だった!本公演のためにアメリカからビデオメッセージを送ってくれたらしい。なにせ加藤氏はReichお墨付きの世界的パーカッショニストなので「ああ、そうか…」とすぐ納得してしまった。今思えば凄いことだ。「日本にも行きたいけど、昔みたいに若くない」と言っていた。そうだよな~。調べたら87歳だった。にしては喋りが若かった。
…
Reich本人からのメッセージが締めくくられ、ついに加藤氏が登場。万雷の拍手で迎える。少し明るくなって黒のタンクトップ姿が見えた。正装だ。もう既にオーラが凄い。さて、一曲目は《Four Organs》。約15分に亘り4台のオルガンによる一和音が散らばり引き延ばされていくだけの曲だが、どういうパフォーマンスになるんだろう…。
舞台中央まで歩き、こちらに一礼。足を少し開き、肩の高さまで両手を上げる。その手にはマラカスが握られている。スンと拍手が止んだ。そうだ、この曲には主役のオルガンの他に一定のパルスを刻み続ける、つまりはメトロノーム役を担うマラカスの存在があった。ここはなるほどパーカッショニスト。
シャカシャカシャカシャカ…うお~緊張する!
オルガンパートは録音。ちょうど下に貼った動画と同じように。
FRI. 6/28 彩の国さいたま芸術劇場
— KUNIKO Kato (@KKUNIKO) 2024年6月20日
Steve Reich Project
ライヒ往年の名曲をフィーチャーするダブルビルコンサート
Ticket → https://t.co/zunWAJ1sAu#SteveReich #FourOrgans #PianoPhase #NagoyaMarimba #Drumming pic.twitter.com/SpBhL09WLJ
仁王立ちで淡々とマラカスを振り続けるたった一人の人間を前にし、音源だけでは想像し得なかった奏者の身体性、ミニマル・ミュージックのもう一つの側面を知ることが出来た。アーティストと観客の隔たりが無いライブならではの体験だと思う。
オルガンのリズムが崩れてドローンに近づくほど演奏の難度は上がっていくため、少しスリリングでもあったが、技術を洗練しきった達人を信頼しないのは失礼かもしれないと思い、途中からは身を委ねることにした。そしたら音の全部が無意識に統合されてきて、覚醒しかけた。はじめは休符のタイミングで点滅していた照明も、タイミングがズレて、最終的には点灯状態が持続。音楽と協力して催眠をかけてきた。ずぶずぶとオルガンの波の中に呑み込まれた。あの世界はまさに「ゆらぎ」で出来ていた。スーパーストリング理論!我々は神々しい「ゆらぎ」の中にいた!(適当なことを言っています)
この曲は、何の仄めかしもなくバッサリ終わる。オルガンが止むと同時にやはりビタビタのタイム感で鳴らされたマラカスの余韻だけが会場に響き渡り、瞬時に暗転。そしてゆっくりとステージが照らされ、拍手が巻き起こった。音楽というよりもはや肉体の凄さ。いや、それも含めて音楽と捉えるべきか。とても新鮮で興味深い演奏だった。
次は上手側のマリンバでスタンバイ。タオルで顔を拭き20秒ほど休息をとったのち、《Nagoya Marimbas》のメインリフが流れ始める。何か意図があってかプログラムを変更したらしいが、これもライブの醍醐味だろう。これはマリンバの二重奏で、加藤氏はリード側(ズレている方)を弾くらしい。
照明が焚かれて上手側に大きく影が映る。シンプルでカッコいい演出。本日初マリンバの音色は…GOOD!!!!!ホールの反響もGOOD。予習で聴いたデッドなサウンドとは全然違う。さて、徐々に音数が増えアグレッシヴさも増していく。片手に2本ずつ持ったマレットが自由自在に飛び回る。マジで綺麗すぎる!動きが滑らか過ぎて、叩いているというより撫でているように見えた。科学館でよく見る振り子を思い出した。調べたらペンデュラムウェーブというらしい。さらに身体全体を使った躍動感。ダンスだ。それでいて音が粒立っているので、ちょっと怖いまであった。これが世界レベル…息を潜めて聴いていた。癒されようと思ってたけど驚きの方が強かった。
続いて下手側のヴィブラフォンに移り《Piano Phase》。本来はピアノもしくはマリンバの二重奏のところを「マリンバではピアノのような響きが出せない」という理由から、Reich本人から許諾を得てヴィブラフォン二重奏にアレンジしたもの、と後のMCで語っていた。
《Nagoya Marimbas》が「動」だとしたらこちらは「静」。先ほどと同様リード側を演奏。ミニマルの洗礼をある程度受けた後なので、自身の聴覚が研ぎ澄まされ、イントロだけでゾワゾワ来てしまう。ダイナミクスの操作が緻密すぎて凄かった。後半の高音域で被せるパートがとても良かった。ヴィブラフォンの伸びやかな煌めきがホールの反響でさらに増幅され、壮大な音のオーロラを創り出していた。ここでついに瞼が降りて来たが、これは眠気とは似て非なるトランス状態の訪れだった。聴こえてくる音の分離精度というか何かが明らかに変わっていて、おそらく脳内麻薬も出まくっていた。マレットとそれに対応する音に視覚と聴覚の両方でピントを合わせたり、あえてぼかしたりして、色々楽しんだ。素晴らしかった。
ちなみにこの曲の構造はミニライブで演っていた《Clapping Music》と同じく「フェイジング」の基礎的実践であって、さっき使ったペンデュラムウェーブという喩えはどちらかというとこの曲の方が適しているかもしれない。
三曲目《Newyork Counterpoint》は再び上手側のマリンバで「動」だった。これだけ他の曲と違いアルバム『Cantus』からの選曲となる。多数のクラリネットで演奏されるところをマリンバの重奏に編曲。冒頭、同音連打のパルス。今度は一本ずつマレットを構え、ゼロ距離の低い打点からだんだん振れ幅を大きく、高いところから振り下ろす形にクレッシェンド、そしてまた低い打点へ緩やかに戻る。振る速度と少し距離が遠かったこともあって、二つのヘッドの残像が重なり、バチの存在は消え、しなやかに飛び跳ねるゴムまりに見えた。それほどしなやかだった。
三楽章からなる楽曲で、楽章の性格に合わせて異なるマレットを手に取り演奏していた。ラストの第三楽章では硬いマレットを手に、跳ねたリズムで力強くメロディを奏でていた。ステージ奥に置かれたミラーボール?も回り出し、朗らかでノリノリな雰囲気が会場を包み込んだ。最後まで表情豊かで楽しかった。
一度捌けて、再度登場しMCタイム。次世代の育成を目的にした本プロジェクトの発端や曲目の細かい内容などについて語っていた。この上なく雄弁だった演奏に対して、謙虚でたどたどしくかつ、率直で取り繕わない話し方。まさに一流の表現者のそれだと思った。良かった。
18:45 -《Music for Pieces of Wood》
凄まじい前半が一瞬で終わった。なお後半はさらに凄まじい《Drumming》が待ち構えている。その前に30分休憩。ロビー受付の人たちが「《Drumming》は演出上再入場できません」と何度もアナウンスしていた。私の膀胱は割と強いほうで、危険信号が出てから1,2時間は耐えられる。とはいえ、怖かったのでしっかり済ませてきた。
今度はプログラム通り、幕間のミニライブ《Music for Pieces of Wood》を待っていた。さっきと同じ場所でやるのかなと思っていたら上から来た。この曲は初めて聴いた。これもやはり「フェイジング」もので、《Clapping Music》《Piano Phases》よりも重層的なリズムがクラーベの素朴な音色で演奏されるところが面白かった。
小学校の頃通っていたピアノ教室で、ウッドブロックを使ってリズムを取る練習をしていたことが懐かしく思い出された。
2階から《Music for Pieces of Wood》のミニライブ
19:00 -《Drumming》
今回のプログラムでは通しチケットに加えて《Drumming》だけのチケットも用意されていたので、ここから客の量がちょっと増えた。ステージを見ると楽器も増えている。各パートの配置はこの動画のものとかなり近い。下手にマリンバ、上手にヴィブラフォン、真ん中にボンゴがずらり、後ろに譜面台とマイク、休憩用の椅子。楽しみ~~~。
《Drumming》開演前のステージ
ゆっくり暗転し、13人の奏者(東廉悟・青栁はる夏・高口かれん・戸崎可梨・富田真以子・濱仲陽香・藤本亮平・細野幸一・眞鍋華子・三神絵里子・菊池奏絵・丸山里佳・向笠愛里)が拍手と共に迎えられる。この作品は「ボンゴ、マリンバ、グロッケンシュピールの順にモチーフをフェイジングで展開させ、ボーカル+ピッコロ+口笛がそれを彩り、ラストは全部混ざってヤバい!!!」という流れなので、まずは一人だけボンゴの前に。他12人は着席。静か。
静寂を破る乾いた打撃音が一発。一発、一発。響くな~。2人目登場。ユニゾン。1人目はゆっくりと着実に一音ずつアタックを増やす。2人目は1人目より遅れて入ってきたので、リズムの展開が遅れる。そこで輪唱が起こる。ボンゴにも音程があるので、フレーズの変化は割と分かりやすい。しばらくして「テケテッテ・テケテッテ・」といういわゆるヘルタのパターンが完成し、片方がズレ始める。キターーー!!!それで一気に3,4人目まで投入、既にボンゴだけで酔っぱらえるほどの「ゆらぎ」が生まれていた。それぞれのパートを同時進行で把握することは出来ないし、反響でリズムの境目が飽和してるので、ここからはより考えるな感じろの精神で臨むことにした。
気持ちよくなっていると、座椅子から立ち上がった数人がマリンバのスタンバイに向かった。単色で硬質なボンゴがフェードアウトするのと同時にカラフルで柔らかいマリンバがフェードイン。均一なボリューム調整によるクロスフェードが見事。リズムはそのまま、驚くほど滑らかにマリンバにバトンタッチし終わった。やはり音色の変化が楽しい。で、ここら辺で《Piano Phase》振りに瞼が落ちてきた。もちろんこれもトランス状態の兆しだった。さらにこの覚醒しかけのタイミングでボーカル×2がパルスを被せてきたもんだから、大変心地よくなった。眠て~。あっ!正直言うと、眠かった。ただ、決して退屈だった訳ではなく、気持ちよすぎたから眠くなった。それに、眠たかっただけであって、寝るまでには至っていない。
そんなこんなで次はグロッケンシュピール。ヴィブラフォンよりも金属的な煌めきはホールの反響との相乗効果でとんでもなく催眠的な「ゆらぎ」を生み、トランス状態を加速させていく。口笛とピッコロも加わって高音域の渦が膨張し、脳のなんか知らない部分を刺激してくるようにもなった。やがて渦の勢いは収まり、冒頭と同じ一人で一音のパルスに回帰する。
じわじわと音数が増え、マリンバ、ボンゴと他の楽器も全部合流。待ちに待ったフィナーレ!フェイジングと反響で飽和しきった音像はもう理性では捉えきれない。ボンゴやマリンバの音などではなくただ一つ《Drumming》の音が鳴っていた。研ぎ澄まされたはずの感覚は聴こえる音より聴こえない音=錯聴の方に氾濫してしまい、記憶もできず(それゆえ今書くことも出来ず)、収拾がつかなくなった。そんな中で確かに基盤のビートは感じ取れていた。ふと、これは祭りだと思った。立って身体を動かさずにはいられなかった。しかしここは理性が止めてくれた。踊る代わりに小刻みに頭を動かすことにした。
音量上昇、何の指揮も無しに最後の一音をドンピシャで決め、各々その反動で上がった腕を固める。暗転。強烈な静寂。完璧な締めに文字通り息を吞んだ。凄すぎ。拍手をずっとした。三回出たり入ったりしていた。加藤氏も登場し、最後は奏者みんなで仲良く《Clapping Music》を演奏。また拍手。和やかな気持ち。マナーは詳しく知らないけど、あの時私がした拍手は形式的なものではなく、間違いなく心からの拍手だったと思う。疲れなかったから。
まとめ
とっても刺激的なプログラムだった。ミニマル・ミュージックって、ライブだとこんなに化けるものなんだ。Steve Reich作品~ミニマル・ミュージックを飛び越えて、何なら私という人間に新しい解釈とヒントを授けてくれたと思う。この体験をU25割引で3,000円は信じられない。本当にありがとうございます!!!!!!!!!!
ばいば~い