なるたけ遠くに逃避計画

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雑感想:ゲスの極み乙女『ディスコの卵』

 

ゲスの極み乙女『ディスコの卵』

 

 

川谷絵音率いるロックバンド、ゲスの極み乙女の6thフルアルバム。2022年のツアーにて結成以来の名義ゲスの極み乙女。」から句点を外すという「藤岡弘、」と真反対の改名をしてから初めてのアルバムとなる。タイトル通り「ディスコ」ということで、トレンドを汲んでシティ・ポップの影響を色濃く受けつつ、シンプルな4つ打ち/8ビートを基調としたダンサブルなナンバーが多く収録されている。「ディスコ」方向に舵を切るにあたっては楽器にも変化が見られる。ちゃんMARIはアコピに代わってエレピ、オルガンの音色を多くフィーチャーし、ほな・いこかのドラムは音作りも含めてタイトで硬質なスタイルに変わっている。休日課長は…相変わらずキレキレである。

 

そういった「ディスコ」要素を強める一方で、彼らの他の魅力:テクニカルな側面と叙情的なメロディ、加えてギター・ロックとゲス流プログレの風味が抑えられており、個人的には少し寂しかった。

 

3年前に発表された《ドーパミン》の雰囲気に首をかしげて以来、ゲスの新曲にはピンと来ていなかった。そのためか、過去一ピンとこないアルバムであった。以下、それぞれの楽曲について本当にピンとこなかったのか確認しながら聴き直してみよう。

 

M1、オープナーのリードシングル《Funky Night》はシティ・ポップあるあるのカッティング・ギターを盛り込み、さらには分かりやすい4つ打ちと8ビートで本アルバムの「ディスコ」な方向性を明確に示している。アッパーすぎず程良い脱力感がある。小ネタとして、〈Baby I love youの歌メロで/くるりと回ったあの日〉と、歌詞にくるりの曲に対する言及がある。関連性は不明。

 

 

M2のシンセ・ポップ《ゴーストディスコ》でもそのまま4つ打ち+裏打ちでノリノリをキープ。〈レビレビアーヤ〉という変なコーラスはゲスらしい。徳澤青弦が手掛けた上品なストリングスは、たまにシンセと混ざってよく分からなくなっている(特にラスサビ)。

 

ゲスらしさが本格的に見え始めるのはM3《シアラ》から。イントロのaugコードから間奏のヘンテコな雰囲気まで。さりげないスラップベースがお洒落でもある。

 

M4《悪夢のおまけ》ではIchikoro《James?》を思い出すビブラートの利いたギターに、左右から入るサックス、続いて川谷絵音にしては珍しい低音のスポークンボーカル。ムーディな空気が漂う、ファンキーでソウル色が目立つナンバー。ここでは「言葉数の多いスポークン→サビでキャッチーなメロ」といったゲスの常套句が踏襲されているが、フィルタ+低音という音響上の関係で盛り上がりに違和感のある段差が出来ているのが少し惜しい。でもポップで良い。間奏の暴れっぷりには嬉しくなる。なおここでようやくアコースティック・ピアノが登場していた。あと、1:04~の音飛び演出も興味深い。てっきり自分のイヤホン/ヘッドホンの接続が原因なのかと思ってた。

 

M5《晩春》はのっけからゴリゴリのベースリフが炸裂。ドラムは4つ打ちならぬ4拍目が抜けた「3つ打ち」になっている。これは南アフリカ発祥のダンス・ミュージックである3-stepのそれと同じであり、アンテナの高い彼らならば意識しているに違いない。そんな中ピアノはドビュッシーラヴェルを彷彿とさせるMaj7の平行和音を乗せ、川谷絵音が明快な脚韻とフロウをもってラップ、のち超早口のスポークンを詰め込む。これだ!ゲスの極み乙女のミクスチャー感!Eが中心音として感じられはするものの、メジャーとマイナーのどちらにもつかないこの感じも良い。そして1:20からは4拍目を埋めて4つ打ち=4stepに、2:24からはアクセントを変化させたり。ベースリフにユニゾン~カッティング追加の流れも良い。あまりにも早口すぎて圧迫感があること以外は完璧だ。最初に聴いたときはそこまで早口だな~くらいしか思ってなかったけど、書いているうちにかなり好きになってきた。当たり前だけどちゃんと聴くのって大事だ。

 

前作のタイトル『ストリーミング、CD、レコード』や楽曲《綺麗になってシティーポップを歌おう》に続き、M6《作業用ディスコ》と、商業音楽に身を置く彼らなりのシニカルなユーモアは依然としてあるが、これらは遊び心があるインタールードのそれ以上でも以下でもないと思う。

 

M7《YDY》はちゃんMARIがメインボーカルを務めるポップ・ナンバー。シングル・バージョンから定位やミックスが変わり、全体的にややブライトな音像、ヘヴィなギターの存在感が増したりしている。ゲス流ポップセンスが緩やかな曲調に落とし込まれていて非常に聴きやすい。ちょっとコテコテ気味なところがあるので昔聴いたときはそこまでだったが、ポップでは済まされない工夫があって面白い。

 

 

 

M8《DJ卵》はおふざけ。何らかの卵が割れる瞬間を描いた意味不明な歌詞。とにかく4つ打ちでノリノリな曲。スラップベースも決まっている。こういうのもアリ。

 

ジャジーなピアノリフから始まるM9《スローに踊るだけ》は、ゲス流ポップ王道の雰囲気がある。4人のアンサンブルが堪能できる。サカナクションを思い出すしっとりとしたサビから3連への変化で緩急がつく感じも良い。ただ、ここでも激早口が出てきたので、もうちょっと控えめでもいいんじゃないか?と思ってしまった。

 

本作のゲスらしさはM10《歌舞伎乙女》でピークを迎える。アクが濃い。おそらく「歌舞く」から連想したであろう歌舞伎テーマ*1。準じて掛け声と拍子木を入れたり、間奏ではショパンの《華麗なる大円舞曲》を大胆に引用し、歌舞伎の和から洋に飛躍することで急激な温度差を生み出す展開も。しかし《サリーマリー》《オンナは変わる》などの必然性を感じられるものではなく、取ってつけたような唐突さを感じたので個人的には微妙。メロディも印象に残らない。

 

M11《ドーパミン》では前作収録《ドグマン》でも取り入れたトラップを今度はスローかつ濃い目で取り入れ、ゲスとしては新しい音に挑戦している。サビでの倍テンなども「ディスコ」を標榜した今作にはピッタリな仕上がりになっている。歌詞のゆるさも含め、このようなアプローチは川谷絵音の別バンド・ジェニーハイの自己紹介ソング*2で用いられてきたので、そこまで新鮮なわけではないが。

 

オリエンタルなフレーズから始まるM12《Gut Feeling》も同じくエレクトロ主体、こういうジャンルは何て言えばいいのかわからないけど、サビに推進力があって良い。〈ランパンパンパン〉てところは歌詞見ないで聴いたときにはTohjiのサンプリング*3かと思ったけど違ったみたいで安心した。

 

M13《作業用ローファイ》は、M6と同じフレーズを使い回しているようで開始位置が違う(前者は8分音符1個分後ろにズレてシンコペーション、後者は特に何もなくニュートラル)という謎の工夫が見られる。遊び心か。

 

そしてクローザー、M14《ハードモード》はなんとも微妙。サビは丸サ進行とアコギの力強いストロークと激熱ハッピーセットではあるがどうにも圧が無い。3:14~Cメロというか2個目のサビを入れるという《勝手な青春劇》などでみられる手法もメロが弱く絶妙に決まっていない。正直後半は右肩下がりな感触だった。

 

 

こうやって文章に書き起こすことで脳内のぼんやりした印象が結構咀嚼された感じがある。やっぱりシティ・ポップ~エレクトロのアプローチがゲスのアクを薄めているのではないかという結論(それに「ディスコ」ならもっとキックが強くてもいい)。ゲスの良さというか自分の好みかもしれないけど。攻め気のあるリフと、あと前作の《人生の針》《秘めない私》《透明な嵐》《キラーボールをもう一度》くらいのパンチも欲しかった。でも色々他の良さを発見できた。一枚のアルバムを丁寧に書く/聴くということはかなりためになるので、今後もやっていきたい。…こう書くとなんか「やらなきゃいけない」みたいな呪いがかかって自分で自分の首を絞めてしまうので、気が向いたらやる、ということにしておきます。

 

意識せずともかしこまった文体に収まってしまったのが悲しい。あああああああああああああああああ

 

眠い

 

*1:過去に《心歌舞く》という曲を書いているが、それは歌舞伎テーマではない

*2:《ジェニーハイラプソディー》《ジェニーハイのテーマ》《ジェニーハイウォッシュ》…

*3:TohjiはRed Bull RASENにて〈ルパンパンパンパンてする峰不二子〉という意味不明なバースを残している