音楽を食べていくよ!

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暗澹たる無機質サウンドの虜【今日の吸収 #2】

前回とは打って変わって、今日はJoy Divisionの1stです。初めて彼らの音楽を聴く前の情報としては、「ポストパンクバンドである」「陰鬱としている」「1stが名盤」「良さが分かりにくい」といったものしかなく、まだJoy Divisionのことを微塵も知りませんでした。しかし!私は一度聴いただけでもその魅力を感じられました。なぜポップスから音楽を聴き始めた私がJoy Divisionに順応できたのか、それについても考えながら感想を書いていこうと思います。

 

 

Joy Division『Unknown Pleasures』(1979):感想

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本作は機械的なドラムの『Disorder』で幕を開けます。スナッピーなスネアに16分で刻まれるハイハット。キックはハンマービートではないものの、NEU!とビート感が似ている!実は数か月前に、YMOKraftwerkNEU! というような順番でアルバムを漁っていました(KraftwerkYMOに影響を与えており、NEU!Kraftwerkと同じく重要なドイツのバンド)。たまたまではありますが、Joy Divisionがモロに影響を受けているバンドだったことが判明し、本作の「理解」への一歩をさっそく踏み出すことができました。NEU!にはなかった、スネアにかかっている大胆なゲートリバーブがいかにも80'sサウンドといったところでしょう(知らんけど)。次に少し高めのベースとシンセのFX、ディレイのかかったギター。思ったよりメロディアスでパンキッシュ。その後Ian Curtisの語るようなボーカルがぬるっと入ってきますが、テンションも音程も低めで、なんだか納得感が。「ポストパンク」というように、サウンド面には確かにパンクの面影があります。

さて、今作を語る上で欠かせないのはサウンド面だけでなく、Ian Curtisによる内省的な歌詞です。歌詞中の「I」はほとんどIan自身を指しているのだと思います。Ianは2ndアルバム発表前に23歳の若さで自殺しており、そのことを考慮すると歌詞がいっそう暗く、重く意味深に感じられます。また、ググってみるとIanは妻子持ちながらジャーナリストの女性と不倫関係にあり、そのことでも艱難辛苦していたそうです。

"I've got the spirit, lose the feeling"

「気力はあるけど 感情を失ってしまう」

『Disorder』ではその空虚さを強調するようにこの歌詞が何度も繰り返されます。2バース目ではIanの持病である手に負えないほどの(=out of hand)てんかんについて、抽象的ではあるものの脳内にイメージが浮かんでくる巧みな表現を味わうことができます。3バース目は主に価値観の相違やコミュニケーション不全について描写されています。

"Who is the right, who can tell and who gives a damn right now?

Until the spirit, new sensation takes hold, then you know"

「誰が正しいか そんなの誰がわかる? そして今誰が気にするんだ?

新しい感覚に馴染んだら 君らにもわかる」

ここだけ切り抜くと前向きなメッセージとも捉えられますが、ここまでの歌詞を通して読むとすべてを諦めているIanの姿が見えてきます。「new sensation」とは鬱々とした感情や世の中に対する諦念など、まさしく「Disorder(混乱・疾患)」の産物なのでしょう。

調もマイナーになりさらに暗さを見せる②『Day of the Lords』には戦争(具体的に言うとホロコースト)を彷彿とさせる表現がみられます。

"And the bodies obtained, the bodies obtained"

「そして残ったのは死体 残ったのは死体」

"Where it will end?"

「これはどこで終わるんだ?」

ただそれだけでなく、Ian自身の過去も重ねて表現しているのだと思います。(1、4バース目はおそらく自分の部屋で自傷行為をしていた様子、2バース目はトラウマやPTSD、3バース目はパートナーとの過去)①では「誰が正しいか そんなの誰がわかる?」「誰が気にするんだ?」と言っていたのに、「正しかったのはたぶん君だ」「弱者の入り込む余地はない」と弱気になるところは躁鬱を感じさせますね…。

③『Candicate』は入りから怪しい。

"Forced by the pressure / The territories marked"

「圧力に押されて 目をつけられた地域」

こんな出だしなので、また戦争の話し‼と思ったのですが、全体を読むと違いますね。(政治と恋愛を重ねて表現している?)多分「the pressure」はパートナーからの重い愛のことを指しているのでしょうが、今でいうとヤンデレみたいなことなんでしょうか?ダブルミーニング的表現はIanの得意技のようです。

Peter Hookによる独特のベースラインの④『Insight』と、Black Sabbath『Warpigs』のラストパートを思い起こさせるドゥーミーなリフがカッコイイ⑤『New Dawn Fades』では比較的わかりやすく自殺や死に対する思いがほのめかされ、まるで遺書のようにも感じられます。⑥『She's Lost Control』は亡くなったてんかんの少女について歌われているそうで、他の曲より深いリバーブが暗くかかっています。

「影遊び」を意味する⑦『Shadowplay』はロック色の強いギターがフィーチャーされているナンバーです。歌詞ではアーティストとしてのIanを「I(=「影」)」、本来のIanを「you」と表現していると思われます。2バース目に出てくる「the assassins」はおそらくオーディエンスのことで、Ianがライブに来ている観客たちを分かり合えない対象として見ているのがよくわかります。面白い表現です。

スライドが特徴的なベースリフから始まる⑧『Wilderness』は「saints」「cross」「Christ」「martyrs」「sin」という単語からも分かるように宗教(キリスト教)をテーマとして扱っています。(ということはタイトルの「Wilderness(=荒野)」はゴルゴタの丘のこと?「Hill」じゃないから違うかな)

"I traveled far and wide through many different times

What did you see there? I saw the saints with their toys"

「たくさんの時代を駆け巡り 遥か遠くまで旅してきた

君たちはそこで何を見た? 僕はおもちゃを持った聖者たちを見た」

完全に偶像崇拝を揶揄しています。宗教がもたらす弊害について批判する、というセンシティブな内容ですが、だからこそIanは直接的な表現を用いているのではないでしょうか。表現者としての気概を感じます。

⑨『Interzone』は、メインボーカルをベースのPeterが、合間に挟まるコーラス?をIanが担当しています。ブルースロックを感じるポップな曲調で聴きやすいですが、歌詞は正直よくわかりません。

ラストは⑩『I Remember Nothing』です。いきなりテンションが下がり重苦しさが戻ってきます。躁鬱です。

"We were strangers / for way too long, for way too long"

「僕たちは他人同士だった ずっとずっと」

"Me in my own world / Yeah, you there beside

The gaps are enormous, we stare from each side"

「僕は僕の世界にいて そう、君はそばにいる

溝は深く じっと見つめ合うだけ」

①にもあったように、Ianのコミュニケーション不全について描かれています。仲が良かったパートナーと何らかの理由で決別し、そのことについて半ば投げやりに嘆いているようにも聴こえます。パートナーとの関係だけに留まらず、広く一般的な人間関係についてのことだと捉えることもできます。(ガラスが割れる音は断絶の象徴?)

 

私が『Unknown Pleasures』を理解できたワケ

『Unknown Pleasures』では、40分弱でありながらJoy Divisionのとても濃密な世界観に浸ることができます。最後に私が今作に適応できた理由を少し考えてみました。

1. 歌詞の意味を自分なりに解釈できたから

これはかなり大きいです。初見は流し見程度で聴きましたが(それでも頭に残る歌詞はありました)、じっくり歌詞を咀嚼した後聴いた2周目はより印象的でした。サウンドだけでもカッコイイのですが、機械的なところもあるので歌詞を理解しようとしないとやや単調に聴こえるかもしれません。無機質でありつつどこか緊張していて、まるで洞窟かのような浮遊感あるサウンドと詞の相乗効果が見事に生み出されているのがこの作品です。Ianのボーカルもぴったり。そのため歌詞はしっかりかみ砕いておくべきだと私は思います。

2. バンド・アルバムの背景をリサーチしたから

個人的に古い音楽は作品の文脈をある程度理解してから聴く派なのですが、特に今作はそれをやってよかったと思いました。まずJoy Divisionイングランド生まれ…ポストパンク…Sex Pistolsに影響を受けて1976年に結成…今から聴く1stは1979年…ボーカルの自殺でNew Orderに…というように。この工程を踏むと「なぜこのサウンドになったのか」が少し理解でき、解像度が上がります。

3. Joy Divisionの影響元アーティストを聴いたことがあったから

私が聴いたことがあった影響元アーティストは、冒頭で述べたNEU!(1st, 2nd)だけでなく、Sex PistolsKraftwerk(4th~)、The Doors(1st)、The Velvet Underground(1st)、David Bowie(5th)です。Kraftwerk以外は2~3か月前に聴いたばかりでした。今作が発表された1979年以降のアルバムを聴くのはあまり効果がないと思いますが、以前のアルバムからはJoy Divisionが吸収したエッセンスと思しきものを感じ取ることができます。たとえば詩の世界観はThe DoorsThe Velvet Underground、ドラムはNEU!、ギター・ベースはSex Pistols、効果音やエレクトロな部分はKraftwerkなど。私は影響元バンドまでリサーチしていませんでしたが、たまたま多くの影響元バンドを聴いており、その匂いをJoy Divisionから嗅ぎ当てられたため点と点が線でつながる感覚がありました。この「対象アーティストの周囲を聴く」のは、おいしい料理のレシピを参考にするのと同じ感じです(?)。

4. Ian Curtisと自分に重なる部分があったから

なんだかんだいって感情移入できなければ本当の意味での感動は出来ないわけです。私は高二で軽い鬱になりましたが、そのとき私はまさに「I've got the spirit, lose the feeling」の状態でした。『Disorder』を聴いた瞬間、あの時の言葉に出来なかったけだるさを思い出したのです。Ianの置かれていた状況は私のそれより何倍も過酷なものだと思うのですが、それでも彼の歌詞には納得・共感できる部分がいくつもありました。鬱で「死にたい」と思っていたときには④『Insight』⑤『New Dawn Fades』みたいなことを、今でもたまに⑧『Wilderness』⑩『I Remember Nothing』みたいなことを考えることもあります(③『Candicate』はまだない😥)。Ianに自分を重ねるタイミングがあったからこそ、私はこの作品の世界観に入り込めたのかもしれません。

 

まとめ

聴いてよかったです!表現方法について考えるきっかけにもなりました。怒りや悲しみなどの暗い感情は表現するのにも色々手段があって、暗い歌詞はもちろん、サウンド面ではマイナーコードを使う、悪魔の音程と呼ばれるトライトーンを鳴らす、ダウンチューニングを使う、音を強く歪ませる、叫びながら歌うなど。私が最近慣れ親しんでいたメタルにはそういった音楽的表現が見受けられました。しかしJoy Division(主にIan)の表現した感情は「怒り」「悲しみ」というよりは「厭世」「ニヒリズム」。ストレートに闇を想起させるものでなくジメジメとした空気感をまとわせたJoy Divisionは、私にとって新鮮なものでした。そこにはFワードでは表せない深淵があったのです。

「たとえ曲がネガティブでも、曲を作って発表すること自体がポジティブだ」と有名な海外のミュージシャン(ド忘れ)が言っていたのですが、私もその通りだと思っています。Joy Division、Ian、素晴らしい音楽をありがとう!間違いなく心に残る作品でした。みなさんも今作を聴いて「Unknown Pleasures(=未知の喜び)」を感じてみてはいかがでしょうか(個人差大アリ)。